471 |
微子は之を去り、箕子は之が奴となり、比干は諫めて死す。孔子日わく、殷に三仁有り。 |
472 |
柳下恵、士師と為り、三たび黜けらる。人曰わく、子未だ以て去るべからざるか。曰わく、道を直くして人に事うれば、焉くに往くとして三たび黜けられざらん。道を枉げて人に事うれば何ぞ必ずしも父母の邦を去らん。 |
473 |
斉の景公、孔子を待ちて曰わく、季氏の若きは則ち吾能わず。季孟の間を以て之を待たん。曰わく、吾老いたり。用うること能わざるなりと。孔子行る。 |
474 |
斉人女楽を帰る。季桓子之を受け、三日朝せず。孔子行る。 |
475 |
楚の狂接輿、歌いて孔子を過ぎて曰わく、鳳や鳳や、何ぞ徳の衰えたる。往く者は諌むべからず、来たる者は猶追うべし、已みなん已みなん。今の政に従う者は殆うし。孔子下りて之と言わんと欲す。趨りて之を辟け、之と言うことを得ず。 |
476 |
長沮・桀溺、耦して耕す。孔子之を過ぐ。子路をして津を問わしむ。長沮曰わく、夫の輿を執る者は誰とか為す。子路曰わく、孔丘と為す。曰わく、是れ魯の孔丘か。対えて曰わく、是なり。曰わく、是ならば津を知らん。桀溺に問う。桀溺曰わく、子は誰とか為す。曰わく、仲由と為す。曰わく、是れ魯の孔丘の徒か。対えて曰わく、然り。曰わく、滔滔たる者、天下皆是なり。而して誰と以にか之を易えん。且つ而其の人を辟くるの士に従わんよりは、豈世を辟くるの士に従うに若かんや。耰して輟まず。子路行りて以て告ぐ。夫子憮然として日わく、鳥獣は與に群をおなじくすべからず。吾斯の人の徒と與にするに非ずして、誰と與にかせん。天下道有らば、丘は與に易えざるなり。 |
477 |
子路従いて後れたり。丈人の杖を以て蓧を荷うに遇う。子路問うて曰わく、子、夫子を見たるか。丈人の曰わく、四体勤めず、五穀分かたず、孰をか夫子と為す。其の杖を植てて芸る。子路拱して立つ。子路を止めて宿らしめ、鶏を殺し黍を為りて之を食わしめ、其の二子を見えしむ。明日子路行きて以て告ぐ。子日わく、隠者なり。子路をして反りて之を見しむ。至れば則ち行れり。子路曰わく、仕えざれば義なし。長幼の節は廃すべからざるなり。君臣の義は之を如何ぞ其れ廃せん。其の身を潔くせんと欲して大倫を乱る。君子の仕うるや、其の義を行なわんとなり。道の行なわれざるや、已に之を知れり。 |
478 |
逸民、伯夷・叔斉・虞仲・夷逸・朱張・柳下恵・少連。子日わく、其の志を降さず、其の身を辱めざるは、伯夷・叔斉か。柳下恵・少連を謂わく、志を降し身を辱しむ。言は倫に中り、行ないは慮に中る、其れ斯のみ。虞仲・夷逸を謂わく、隠居して放言し、身は清に中り、廃は権に中る。我は則ち是に異なりて、可もなく不可も無し。 |
479 |
大師 摯は斉に適く。亜飯 干は楚に適く。三飯
繚は蔡に適く。四飯 缺は秦に適く。鼓 方叔は河に入る。播鼗
武は漢に入る。少師 陽・撃磬 襄は海に入る。 |
480 |
周公、魯公に謂いて日わく、君子は其の親を施てず。大臣をして以いられざるを怨ましめず。故旧大故なければ則ち棄てず。備わらんことを一人に求むる無かれ。 |
481 |
周に八士有り。伯達・伯适・仲突・仲忽・叔夜・叔夏・季随・季騧。 |