〔原文〕
周公謂魯公日、君子不施其親。不使大臣怨乎不以。故舊無大故、則不棄也。
無求備於一人。
〔読み下し〕
周公、魯公に謂いて日わく、君子は其の親を施てず。大臣をして以いられざるを怨ましめず。故旧大故なければ則ち棄てず。備わらんことを一人に求むる無かれ。
〔新論語 通釈〕
周公旦が、息子の伯禽を初代魯公に封ずるに当って次のように訓戒した、
お前は、
第一に 親族を見捨ててはならない。
第二は、かと言って親族を大事にするあまり、身内以外の大臣を
つんぼ桟敷において怨みをかってはならない。
第三に、旧い友人は重大な過ちがない限り見捨ててはならない。
第四は、かと言って古くからの友人ならば何でも分かっている筈と、
一人の人間に完全無欠・オールマイティーを求めてはなら
ないと。
〔解説〕
これいつ頃の話かと云うと、今から3100年前位の話しです。この章も、
冒頭の「子日わく」が欠落したものと思われますが、この時の様子が史記「魯周公世家」に次のように紹介されています。
‥‥武王が亡くなり、後を継いだ成王が幼少のため周公は成王を補佐しな
ければならず、自ら魯に赴くことができなかった。そこで息子の伯禽を
代理として魯に封ずるに当り、次のように戒めた。「我は文王の子、
武王の弟にして、成王の叔父なり。我、天下に於いて亦賤しからず。
然れども、我は一沐(いちもく)に三たび髪を捉(と)り、一飯に三たび
哺を吐き、起(た)ちて以て士を待つ(士の訪問を受けた時は、一度髪を
洗うのに三度中断し、一回の食事に三度口の中の食べ物を吐いて
迎えた)。猶(なお)天下の賢人を失わんことを恐る。子、魯に之(ゆ)か
ば、慎みて国を以て人に驕ることなかれ」と‥‥。
これは「一飯三哺」或は「握髪吐哺」として知られる有名な故事ですが、
息子の伯禽は多分に脳天気でバランス感覚を欠いた人物であったようです。本章の解釈は、
一に親族を見捨ててはならない。
二に大臣をつんぼ桟敷において怨みをかってはならない。
三に旧い友人は大事にしろ。
四に一人の人間に完全無欠を求めてはならない。
と、四つの訓辞を与えたと解するのが一般的ですが、周公ほどの人物が息子の性向を見落とす筈がない。そこで、ここでは第一と第二がワンセット、
第三と第四がワンセットになったもの、つまり、「〜してはならぬが、かといって〜してもならぬ。バランス感覚を失うな!」と戒めた訓辞と解釈して
通釈してみました。
我々凡人によくあるでしょう?身内を大切にするあまり、うっかり他人をないがしろにしてみたり、古くからの友人を信頼するあまり、何でも分かっている筈だと過度な要求をしてみたりということは。
それにしても、本章の言葉と云い、史記の文言と云い、一国の君主に封ずるに当っての訓辞としては、余りにも稚拙というか卑近に過ぎますね。きっと伯禽は凡庸な人だったのでしょう、周公はそれを心配して、一国の君主としての心構えというよりは、息子として個人的な忠告を与えているだけだもの。普通なら、一に領民を労われ! 二に賢人を登用せよ! 三に公平無私で臨め! 四に祖先の名を辱めるな! くらいのことは云う筈ですから。
周公が伯禽の凡庸さを憂えて発した言葉が、同じく史記「魯周公世家」に
次のように記されています。
‥‥斉に封じられた太公(呂尚)が、赴任後僅か五ヶ月で報告にやって来た
ので、周公は「何でこんなに早いのか?」と問うと、太公は「私は君臣
の礼を簡素にし、斉の風土・習慣に応じて政治を行なったから、スムー
ズに人民に受け入れられただけです」と答えた。
一方息子の伯禽は報告に来るのに三年も要したので、周公が「何でこん
なに遅くなったのか?」と問うと、伯禽は「魯の風土・習慣を改め、
周の礼制に従わせるのに三年かかりました」と答えた。
これを聞いた周公は「ああ、其れ北面して斉につかえん(魯はいずれ斉の属国となるであろう)。それ政、簡ならず易ならざるときは、民、近づく有らず(人民は親近感を持たない)。平易にして民を近づくるときは、民、必ず之に帰す(人民は喜んで帰順するものだ)」と‥‥。ね! 伯禽はやっぱり今一の
人物だったんですよ。
〔子供論語 意訳〕
周王国の補佐役周公の息子・伯禽が、魯国の殿様として赴任することになった時、周公は頼りない息子を心配して次のように云った、「お前は血の巡りが良い方ではないのだから、親戚のアドバイスにはよく耳を傾けなさい。だからといって、何でもかんでも親戚だけをあてにせず、地元の人達の意見にも広く耳を傾けなさい。それから、古くからの友人を引き立てて味方になってもらいなさい。だからといって、彼らに万能選手を期待せず、長所と短所、得意と不得意を見極めて上手に使いこなしなさい」と。
〔親御さんへ〕
伯禽のことを「血の巡りが良いほうではない」などと云っていいのかどうか迷いましたが、解説でも述べた通り、一国の君主を命ずるに当っての訓辞として本章の言葉は余りにも卑近に過ぎますので、周公の気持ちを慮って云ってしまいました。
いくら自分の息子とは言え、さすがに「血の巡りが悪い」とはストレートにいえませんから、「良いほうではない」とファジーな表現にしてみました。血の巡りの悪い人は、自分が血の巡りが悪いとは思っておりませんから(だから血の巡りが悪いのですが)、誰かがそこを指摘してやる必要がある。」
まして一国の君主ともなれば、国家の命運がかかっている訳ですから、血の巡りの悪さで国を潰してしまいました!では済まされません。