〔原文〕
子貢問爲仁。子曰、工欲善其事、必先利其器。居是邦也、事其大夫之賢者、
友其士之仁者。
〔読み下し〕
子貢、仁を為さんことを問う。子日わく、工、其の事を善くせんと欲すれば、必ず先ずその器を利くす。是の邦に居りては、其の大夫の賢なる者に事え、其の士の仁なる者を友とす。
〔通釈〕
子貢が仁を実践する心得を問うた。孔子は、「大工がよい仕事をしようと思ったら、必ず先ずその道具を磨いて鋭利にするように、仁の実践は己を磨くことから始まる。それには、国にあっては賢者と云われる大夫に仕えてこれを師とし、情に厚い士を選んでこれを友としなさい」と答えた。
〔解説〕
匠が道具を磨くように己を磨け!ってことですか・・・。 本当に孔子は比喩の名人ですね。憲問第十四377章では、人格の陶冶を馬の調教に喩えておりますが、ここでは匠の道具の手入れに喩えている。己を磨くには、師とする人と友とする人を慎重に選べ!ということですね。
「弘法筆を選ばず」と云いますが、それは既に達人の域にある人のことを云うのであって、我々発展途上人にはあてはまらない。凡人は筆を選ばなくてはならない、つまり、善き師、善き友を選ばなかったら、己は磨かれない。
顔淵第十二312章で曽子は「君子は文を以て友を会し、友を以て仁を輔く(君子は学問を通じて交友を結び、交友を通じて互いに仁徳を磨き合うものである)」と述べている。
「朱に交われば赤くなる」、人は交わる友によって善悪いずれにも感化される生きものです。師を選ぶには蒙を啓かせてくれる賢者、友を選ぶには情に厚い仁者を選びなさい!ということですね。
〔子供論語 意訳〕
弟子の子貢が、人格を磨くにはどうしたら良いを質問した。孔子様は、「大工さんがいい仕事をしようとする時は、まず最初に道具の切れ味を良くするために砥石でよく磨くだろう?それと同じで、人格を磨こうと思ったら良い先生につき、良い友人を選ぶことだ。先生には聡明な人を、友人には思いやりのある人を!」とおっしゃった。
〔親御さんへ〕
腕のいい大工さんは、道具箱を覗かれるのをものすごく嫌いますし、自分の道具は絶対に他人に使わせない。知り合いの大工になぜだ?と聞いたら、道具は職人の魂だから!と云う。
触らないから見せてくれ!と頼みこんだら渋々見せてくれましたが、何十年も使い込んだと思われる道具がどれもこれもピカピカに手入れしてある。道具を見れば職人の腕が分かるそうで、ごまかせないという。
とすると、師や友人を見ればその人物が分かる、ということになりますね。これは責任重大だ!私も皆さんに恥をかかせないよう、もっとしっかりしないといけませんなあ?すみませんねえこんな師で!?
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