〔原文〕
葉公問政。子曰、近者説、遠者來。
〔読み下し〕
葉公、政を問う。子日わく、近き者説べば、遠き者来たる。
〔通釈〕
葉公が政治の要道を問うた。孔子は、「近くの人達が悦ぶような政治を行なえば、遠方の人達もその評判を聞いて慕って来るものです」と答えた。
〔解説〕
葉公(しょうこう)、述而第七前出、楚の葉県(しょうけん)の長官で、姓は沈(しん) 名は諸梁(しょりょう)
字は子高。人望のある人だったようです。この文章は政治のみならず、商売にもそのまま当てはまるのではないでしょうか?
伝統がどうの格式がどうのと云った所で、地元の人達から慕われないような店では、どうしようもありませんね。「近き者悦べば、遠き者来たる」は商売の王道です。
〔意訳〕
葉県の県知事葉公が、「政治のポイントは何でしょうか?」と質問した。孔子様は、「まずはあなたの治めている領内の人民の安・富・尊・栄を実現しなさい。そうすれば評判を聞いた遠方の人達が、あなたを慕ってぞくぞくと集まって来るでしょう。自国の人民が亡命して行くか?
他国の人民が亡命して来るか?が、良い政治か悪い政治かのバロメーターです」と答えた。
〔親御さんへ〕
自国の人民が他国に亡命して行くか?他国の人民が自国に亡命して来るか?
が、良い政治か悪い政治かのバロメーターですか…?これは分かり易い表現方法です。
現在の北朝鮮からの脱北者はその代表格ですが、旧ソ連から欧米への亡命、中国からカナダ・アメリカヘの亡命、キューバからアメリカヘの亡命等々、政争に破れての亡命もあるでしょうが、大半は自由を奪われた統制社会から自由を求めて命懸けの脱出を試みたものばかりで、その反対、自由な社会から不自由を求めての亡命などというのは、よど号以外、あまり聞いたことがありません。
私達は、たとえ行動や言論の自由を奪われても、「思い」の自由迄は奪われるものではないと考えてしまいがちですが、実は、思いの自由を奪うことこそが、統制社会に於ける支配者の狙いなんですね。どのようにして奪うかと云えば、徹底した洗脳教育によって思いまでも統制(コントロール)してしまう。統制されていることが分からない状態になる迄洗脳してしまう。すると、殆どの人は「無自覚性精神奴隷」となってしまう。
人の口に戸は立てられませんから、人間は思っていることを必ず口に出す。活字や映像は勿論、インターネットでさえエシュロンで取り締まることはできるけれども、一人が二人、二人が四人、四人が八人と、人から人へロコミで伝わる事を完壁に取り締まるのは不可能です。ならば口に出る前の思いそのものをコントロールしてしまえ!これが洗脳教育の正体です。
日本は思想信条の自由、言論の自由が保証されているから良い、などと寝ボケたことを云ってはいけません。ホリエモンも村上世彰も藤井俊彦もオリックスの宮内義彦も、実は洗脳教育の被害者、自らそれを自覚していない「無自覚性精神奴隷」なんですよ!
エッ?
何に洗脳されたのか、ですって?「人間は肉体がすべて、この世は金がすべて。死んでしまえば一巻の終わり!」つまり、「唯物思想」・「拝金思想」に洗脳されてしまったんです。人間何が怖いかと云って、「無自覚性精神奴隷」になること程怖いものはない。魂を抜き取られたようなものですからね。覚醒していなければなりません!
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