〔原文〕
孟氏使陽膚爲士師。問於曾子。曾子日、上失其道、民散久矣。如得其�C、
則哀矜而勿喜。

〔読み下し〕
孟(もう)氏(し)、陽(よう)膚(ふ)をして士師(しし)たらしむ。曽子(そうし)に問(と)う。曽子(そうし)曰(い)わく、上(かみ)其(そ)の道(みち)を失(うしな)いて、民(たみ)散(さん)ずること久(ひさ)し。如(も)し其(そ)の情(じょう)を得(え)ば、則(すなわ)ち哀矜(あいきょう)して喜(よろこ)ぶこと勿(なか)れ。

〔新論語　通釈〕
魯の大夫孟孫氏が、曽子の門人陽膚を獄官長(士師)に任命した。陽膚は任官するに当たり、裁判官としての心構えを曽子に問うた。曽子は、「為政者が正道を失っている為、人民は長いこと一家離散の憂き目に遇っている。この社会状況をよく踏まえて、もし容疑者が罪を認めたなら、不憫に思いこそすれ、手柄を立てたなどと喜んではならんぞ！」と云った。

〔解説〕
何度も云うように、為政者（政治家）の使命は、「国及び国民の安・富・尊・栄を実現し、これを増幅拡大せしむること」、これ以外にはありません。私心を差し挟む余地などないのです。これが政治の要道である訳ですが、ここを見失ってしまうと、政治は偽善―欺瞞―恐怖に変貌し、社会は修羅場と化す。こうなると最早国家は存在の根拠を失ってしまいますから、自壊―自滅して行かざるを得ません。ソ連という国がこれで潰れたでしょう？北朝鮮も自壊寸前でしょう？

結語の「如し其の情を得ば、哀矜して喜ぶこと勿れ」という曽子の言葉には、何とも云えない温もりが感じられますね。「罪を憎んでも人を憎むなよ！」ということですからね、要は。こういう人だったんですね曽子は。のろまの糞真面目だけではなかったんですよ。しかし孔子も人が悪いね、先進第十一２８０章で、曽子を評して「参（しん）や魯（のろま・鈍い奴）」などと云うものですから、論語読みは皆「そうか、曽子ってとろい所があったんだ！？」と思っていますからねえ。

〔子供論語　意訳〕
魯(ろ)国(こく)の大臣(だいじん)孟孫(もうそん)氏(し)が、曽先生(そうせんせい)の弟子(でし)の陽(よう)膚(ふ)を裁(さい)判官(ばんかん)に任命(にんめい)した。陽(よう)膚(ふ)は裁(さい)判官(ばんかん)としての心(こころ)構(がま)えを曽先生(そうせんせい)に質問(しつもん)した。曽先生(そうせんせい)は、「政治家(せいじか)が国民(こくみん)の幸(しあわせ)そっちのけで自分(じぶん)達(たち)の権力(けんりょく)争(あらそ)いをやっているため、国民(こくみん)は苦(くる)しみにあえいでいる。皆(みんな)が安心(あんしん)して・豊(ゆた)かに・尊(とうと)びあい・夢(ゆめ)を持(も)って生(い)きられる世(よ)の中(なか)であったら、自(みずか)ら進(すす)んで犯罪(はんざい)を犯(おか)す者(もの)などいないのだ。だから、容疑者(ようぎしゃ)が罪(つみ)を認(みと)めて深(ふか)く反省(はんせい)したならば、大岡裁(おおおかさばき)きで臨(のぞ)みなさい。一罰百戒(いちばつひゃっかい)で臨(のぞ)んではいけません！」と云(い)った。

〔親御さんへ〕
「大岡裁き」も「一罰百戒」も小学国語辞典には載っておりませんから、親御さんが説明してあげて下さい。「上其の道を失いて民散ずること久し」とありますから、曽子の時代は相当ひどい状況になっていたのでしょう。

子路第十三328章に「近き者説（よろこ）べば、遠き者来たる」とあるように、この当時為政者が悪政を行なうと、人民は村ごとごっそり仁政の邦に集団亡命してしまうということが頻繁にあったようで、「散」とは散り散りバラバラになるの意ですから、魯も亡命者が続出していたのではないでしょうか？

人口が国力のシンボルであった時代に、亡命者が続出して国力が衰えるというのは由々しき事態の筈ですが、魯はその後も衰退が続き、１５０年後第３４代頃公（けいこう）の時に楚に滅ぼされてしまいます。何だか脱北者が続出している北朝鮮を彷彿とさせますね。