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原文
〕 作成日 2004年(平成16年)2月から3月 |
顔淵・季路侍。子曰、盍各言爾志。子路曰、願車馬衣裘、與朋友共、
敝之而無憾。顔淵曰、願無伐善、無施勞。子路曰、願聞子之志。
子曰、老者安之、朋友信之、少者懐之。
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〔 読み下し 〕 |
顔淵・季路侍す。子日わく、盍ぞ各々爾の志を言わざる。子路日わく、願わくは車馬衣裘、朋友と共にし、之を敝りても憾むこと無からん。顔淵日わく、願わくは善に伐ること無く、労を施すこと無からん。子路日わく、願わくは子の志を聞かん。子日わく、老者は之を安んじ、朋友は之を信じ、少者は之を懐けん。
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〔 通釈 〕 |
顔淵と子路が孔子の側でくつろいでいた時、孔子が「どうだお前達、自分の志を云ってみては?」と云った。
子路は「車でも馬でも・上等な衣服でも毛皮の外套でも、友人に貸してボロボロに使い潰されても惜しいと思わない、さっぱりとした人間になりたいと思います」と答えた。
顔淵は「善いことをしても誇ることなく、骨折り仕事を人に押しつけない、ほのぼのとした人間になりたいと思います」と答えた。
子路が「ひとつ先生の志を聞かせて下さい」と云ったので、孔子は、「老人が安心して暮らせ、友達同士が信じ合い、若者達が打ち解け合える世の中にしたいものだ」と答えた。
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〔 解説 〕 |
気負いのないほのぼのとした情景が伝わって来るようです。孔子の志を現代風に云うとすれば、一に老人福祉の充実、二に人権の尊重、三に青少年の社会参画、といった所でしょうか。
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〔 子供論語 意訳 〕 |
弟子の顔淵と子路が孔子様のそばでくつろいでいた時、孔子様は「どうだ君達、自分の理想を云ってみないかね?」と問いかけた。子路は「車でも上等な毛皮のコートでも、友人に貸してボロボロにされても腹を立てない、心の広い人間になりたいと思います」と答えた。顔淵は「善いことをしても自慢せず、辛い仕事は人に押しつけない、心の温かい人間になりたいと思います」と答えた。子路が「先生の理想を聞かせて下さい」と云ったので、孔子様は「お年寄が安心して暮らせる社会、友達同士が信頼し合える社会子供達が夢を持って生きられる社会にしたいものだね」とおっしゃった。
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〔 親御さんへ 〕 |
これからの日本を考えた時、何が一番気になるかと云えば、子供達が将来に夢を持てなくなっていることではないでしょうか。理想とする世界像・理想とする国家像・理想とする社会像・理想とする家庭像・理想とする人間像、つまり、ビジョンを描けなくなったら、国も社会も確実に衰退して行く。
サミュエル・ウルマンの「青春」という詩に、『青春とは人生の或る期間を云うのではなく、心の様相を云うのだ。優れた創造力、逞しき意志、炎(も)ゆる情熱、怯懦(きょうだ)を却(しりぞ)ける勇猛心、安易を振り捨てる冒険心、こういう様相を青春というのだ。年を重ねただけで人は老いない。理想を失う時に初めて老いが来る。歳月は皮膚のしわを増すが、情熱を失う時に精神はしぼむ。・・・・・・』とあります。
子供達が夢を持って生き生きとやって行ける社会、これを作ってやるのが大人としての、時代を担う最大の使命ではないでしょうか。グルメがどうの、海外旅行がどうの、マイホームがどうの、ゴルフがどうの・・・、どれもこれも自分のことばっかりで、時代を担う使命など忘れてしまっているんではないですか!?
時代を担う使命など私達には関係ない!などとは云わせません!!何故ならば、一人の例外もなく血縁・地縁・人縁・時縁の中で生かされているのですから。しっかり論語に学んで、もうちょっとマシな精神を養いましょうよ!棺桶に入るにはまだ少し間があるようですから。
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