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【181】
子日わく、性、相近きなり。習、相遠きなり。
【通釈】
孔子云う、「人間の本性は元々似たり寄ったりであるが、習慣によって月とすっぽん程の人物の差ができてしまうのだ」と。
【解説】
こういうことをサラリと言い切ってしまう所が、孔子の凄さでしょうか。
孔子の人間観は、「教え有りて類なし(人は教育によってどうにでもなるものであって、生まれつき貴賎の差があるものではない)」と衛霊公第十五の173章で述べましたが、この人間観の根底に「性相近きなり、習相遠きなり」とする考えがあったのでしょう。
総ての人間は神の分霊(わけみたま)で、万人に神の種が宿されている。
元は同じなのになぜ月とすっぽんの差が生じてしまうのか?
孔子は、思いと言葉と行ない、つまり身・口・意の習慣の善し悪しが決定的な作用を及ぼすと云う。つまり習慣が変われば人格が変わるということです。習慣を変えようともせず人格だけ変えようとしても、それは無理な相談だ!と次章で指摘します。
【182】
子日わく、唯上知と下愚とは移らず。
【通釈】
孔子云う、「習慣が人物を作り上げることを知らず放ったらかしておくと、良き習慣の者は益々良く、悪しき習慣の者は益々悪くなってしまう。こうなるともう取り返しがつかない」と。
【解説】
他人の習慣はよく見えるけれども、自分の無意識の習慣は指摘されないと中々分からないものです。こういう時に頼りになるのが、ズバリと直言してくれる友ですね。家族ではお互いに我儘が出ますから、指摘されても「うるさい!」となって、あまり効き目がありません。
他人に指摘されると、「ほう、人はそう見ているのか!?」と気になって、改めてみようかと云う気にもなる。
それを、「これが俺の個性だ!」などと突っぱねる人もいるけれど、悪しき習慣と個性は別物ですから、つける薬はありません。
こうなるともう誰も指摘してくれなくなります。指摘してくれる人がいなければ、「裸の王様」になるしかない。
本章を読む度に、「裸の王様になったらお終いだぞ!」と、孔子にたしなめられているような気がします。
裸の王様的要素は、大なり小なり誰でも持っているものですからね。
【183】
子張、仁を孔子に問う。孔子日わく、能く五つの者を天下に行うを仁と為す。之を請い問う。日わく、恭・寛・信・敏・恵なり。恭なれば則ち侮られず、寛なれば則ち衆を得、信なれば則ち人任じ、敏なれば則ち功あり、恵なれば則ち以て人を使うに足る。
【通釈】
子張が、人望(仁)を得るにはどうしたら良いかを問うた。孔子は、「五つのことを、何時でも・何処でも・誰に対しても実践すれば人望を得ることができよう」と答えた。子張は、「どうか詳しくお教え下さい」と云った。孔子は、「恭(恭しいこと)・寛(寛容であること)・信(言を違えないこと)・敏(俊敏であること)・恵(恵み深いこと)の五つがそれだ。恭しければ人から侮られることがない。寛容であれば人がついて来る。言を違えなければ人に信用される。俊敏であれば成果が上がる。恵み深ければ人を生かして使うことができる」と答えた。
【解説】
子張は頭のいい男でしたから、「どうして俺は人望がないのだろうか?」と悩んでいたのかも知れません。
衛霊公第十五154章で「思うことが行なわれるようにするには、どうしたら良いか?」と問い、孔子は「言忠信、行篤敬(言うことは誠実で言を違えないこと。やることは篤実で慎み深いこと)」と答えている。
子張は能力はあるけれども、どうも「真心」や「人情味」に欠けていたようです。
同世代の子游は、「吾が友張や、能くし難きを為すなり。然れども未だ仁ならず」、曽子は、「堂々たるかな張や、ともに並びて仁を為し難し」と子張を評しています。
【184】
子日わく、由や、女六言六蔽を聞けるか。対えて日わく、未し。居れ。吾女に語げん。仁を好みて学を好まざれば、其の蔽や愚。知を好みて学を好まざれば、其の蔽や蕩。信を好みて学を好まざれば、其の蔽や賊。直を好みて学を好まざれば、其の蔽や絞。勇を好みて学を好まざれば、其の蔽や乱。剛を好みて学を好まざれば、其の蔽や狂。
【通釈】
孔子云う、「由(子路の名)よ、お前は六つの美徳にも六つの弊害があるということを聞いたことがあるか?」と。子路は、「いえ、まだ聞いたことがありません」と答えた。孔子は、「ここに座りなさい、私が話して聞かせよう。仁を好んでも学問を嫌がれば、情に溺れて愚か者の仁となる。知を好んでも学問を嫌がれば、地に足のつかない垂れ流しの知となる。信を好んでも学問を嫌がれば、理性を失った明き盲の信となる。直を好んでも学問を嫌がれば、窮屈な野暮天の直となる。勇を好んでも学問を嫌がれば、思慮分別のない乱暴者の勇となる。剛を好んでも学問を嫌がれば、片意地な一刻者の剛となる」と云った。
【解説】
孔子は本当に人間をよく見抜いている。仁も知も信も直も勇も剛も、どれも人に欠かせない徳目ですが、道理を欠いたら却って害になると云う。
愚か者の仁・垂れ流しの知・明き盲の信・野暮天の直・乱暴者の勇・一刻者の剛・・・誰でも一つや二つ心当たりがあるのではないでしょうか?
愚か者の仁は相手を害ない、垂れ流しの知は自分を害ない、明き盲の信は家族を害ない、野暮天の直は仲間を害ない、乱暴者の勇は社会を害ない、一刻者の剛は国を害なうこととなる。
分り易く云うと、愚か者の仁とは親バカが高じた「バカ親」。垂れ流しの知とは文字の奴隷「鉛槧の庸(えんざんのよう)」。明き盲の信とは唯物論やインチキ宗教の「狂信者」。野暮天の直とは空気の読めない「バカ正直」。乱暴者の勇とは血気に走る「狼藉者」。一刻者の剛とは一度決めたら梃子でも動かぬ「強情っ張り」と考えたらいいでしょう。
バカ親は子をダメにし、鉛槧の庸は自分をダメにし、狂信者は家族をダメにし、バカ正直は仲間をダメにし、狼藉者は社会をダメにし、一刻者は国をダメにするでしょう?
過ぎたるは猶及ばざるが如し。何事もバランス感覚・中庸を欠いたら危うい、ということでしょう。
【185】
子日わく、郷原は徳の賊なり。
【通釈】
孔子云う、「八方美人は、徳を害う賊である」と。
【解説】
どうして孔子は「八方美人はダメ、徳の敵だ!」と云ったのでしょうか?
徳とは、彳+直+心、つまり素直な心で素直に生きよ!曲がった心でヒネクレて生きるな!ということです。
自分に正直に生きていれば何と云うことはないのですが、助平根性を起こして世間に気に入られようとすると、どうしても上辺を飾らなければならない時がある、感情を殺し信念を曲げてでも作り笑顔でいなければならないことがある。
更にそれが習慣化して来ると、世間から嫌われることが怖くなって、自己の信念を偽ってでも俗流に迎合しなければならなくなる。
つまり、偽善者となってしまう訳ですが、虚飾―欺瞞―偽善が常態化すると、本人は中々それに気付かなくなってしまいます。
偽善に気付かぬこと程、人の徳性を害(そこ)ねるものはありません。
だからダンテは云ったのでしょう、「地獄への道はいつも善意で舗装されている」と。
虚飾―欺瞞―偽善は魔のサークルです。このサークルにはまったら中々抜け出せません。
「悪魔は常に天使の仮面を被ってやって来る」と云いますが、「八方美人」がこの天使の仮面と思って良いでしょう。だから孔子は云ったのです、「八方美人はダメ!徳の敵!!」と。
【186】
子日わく、道に聴きて塗に説くは、徳を之れ棄つるなり。
【通釈】
孔子云う、「今聴いて来た事を、受け売りですぐ人に吹聴するのは、自ら徳を損ねているようなものだ」と。
【解説】
「道聴塗説(どうちょうとせつ)」なる成語の出典がここ。
他人の言説を受け売りするとか、いい加減な世間の受け売り話しのことをいいますね。荀子は孔子のこの言葉を「口耳之学(こうじのがく)」と云い替えました。
口耳之学とは、聴いたことをそのまま人に告げて少しも自分の身につかないことを云います。
曰く、「小人の学は耳より入りて口より出ず。口耳の間は四寸のみ。なんぞ七尺の躯(からだ)を美(かざ)るに足らんや」・「小人は、耳から学んだ学問をすぐ口に出してしまう。口と耳の距離は四寸しかない。これでは七尺の体全体にどうして行き渡らせることができようか」と。
口耳之学とはうまく喩えたもので、確かに口耳の間は四寸・12cmしかありませんね。人と話しをしていて「どこか軽薄だなあ・・」と感ずるのは、決ってこの口耳之学・道聴塗説の人に出会した時ですね。
まあ、そういう人に出会したら、他人事と思わず、自分にもそのようなことがないかどうか、反省の縁(よすが)にしたらいい。
【187】
子貢問うて曰わく、君子も亦悪むこと有りや。子日わく、悪むこと有り。人の悪を称する者を悪む。下流に居て上を訕る者を悪む。勇にして礼無き者を悪む。果敢にして塞がる者を悪む。日わく、賜や亦悪むこと有るか。徼めて以て知と為す者を悪む。不孫にして以て勇と為す者を悪む。訐きて以て直と為す者を悪む。
【通釈】
子貢が、「先生程の方でも人を悪(にく)むことがありますか?」と問うた。孔子は、「そりゃああるさ、第一に、人の悪口を言いふらす者を悪む。第二に、低い地位におりながら上司を誹謗する者を悪む。第三に、礼節を欠いて蛮勇を奮う者を悪む。第四に、決断力・実行力はあるが道理の通らぬ者を悪む」と答え、「賜や、お前も人を悪むことがあるか?」と問い返した。子貢は、「はいあります。一に、人のアイディアを掠め取って知者面する者を悪みます。二に、傲慢不遜を以て勇者面する者を悪みます。三に、人の秘密を暴き立てて正直者面する者を悪みます」と答えた。
【解説】
2500年前にもいたんですね、こういう人が‥‥。今も変わっていないですね、人間のこういう所は。
孔子と子貢の見解を総合すると、「悪むべき七タイプの人間像」が浮き彫りにされるのではないでしょうか。
一、人の悪口を言いふらす者
二、自分の上役を誹る者
三、節操の無い無鉄砲野郎
四、道理の通じぬ一刻者
五、人のアイディアをパクる者
六、傲慢不遜を勇者と勘違いしている者
七、他人の秘密を暴き立てる者
【188】
子日わく、唯女子と小人とは養い難しと為す。之を近づくれば則ち不孫なり。之を遠ざくれば則ち怨む。
【通釈】
孔子云う、「気まぐれ女と下種(げす)な男は何とも扱い難いものだ。ちょっと近づければ図に乗るし、ちょっと遠ざければひがむからなあ!」と。
【解説】
お天気屋もヒネクレ者も、自分にはその自覚がありませんから、お天気屋に「もっと心を平らかに!」とか、ヒネクレ者に「もっと素直に!」などと云った所で、殆んど効き目はありません。正攻法ではダメなんです、こういう人達は。
何が一番効くかと云うと逆療法、つまり、もっとたちの悪いお天気屋・ヒネクレ者に引き合わせてやることなんです。
上には上があるし、下には下がある。本人より二倍も三倍もたちの悪い人間など世の中にいくらでもいる。人は自分に似た人間を見ると本能的に嫌う習性を持っている、自分の嫌な面を目の前で演じてくれている訳ですから。
真っ当な人間なら、人の振り見て我が振り直せで「自分にもこういう所がないだろうか?」と気付くものですが、完全に曲がった人はそうはいかない、「この人は自分とは違う!」と勝手に自己合理化してしまう。
こういう場合はどうなのか? 孔子は次章で述べます。
【189】
子日わく、年四十にして悪まるるは、其れ終わらんのみ。
【通釈】
孔子云う、「四十過ぎても、まだ人に悪まれることを気付かずにやっているようでは、その人生は最早勝負あったというところかな」と。
【解説】
人の後半生は、四十代にどのように生きたか?で決まるような気がします。
それまでの二十代・三十代は予行演習というか、リハーサルのようなものではないかと思います。
四十代にそれ迄の惰性で過ごしてしまいますと、身・口・意の習性が固まってしまいますから、五十過ぎ六十過ぎてから矯め直すのは大変です。
手遅れという訳ではありませんが猛烈に骨が折れます。
四十代は、それまで心にまとって来た先入観念や固定観念から来る価値観や思想信条を一度総棚卸をして、内なる自己・真我と真剣に向き合う大切な大切な時期ではないかと思います。
場合によっては、それまでの仕事・人間関係・生き方と訣別して、新たな道を歩み出さなければどうにもならないような、心の底からの「うずき」が湧き起って来ることもある。欲得とは全く別のものです。
その時は、心の疼きに素直に従いなさい!あなたの魂の叫びなんですから。
「お前はそんなことの為に今世生まれたんではないぞ! 生まれる前に神様の前で誓ったことを思い出せ! 私は○○の使命を果たします!と誓って母の子宮に飛び込んで行ったのではないか!?」と云う。
地位と魂を引き替えにしたり、富と魂を引き替えにしたり、名誉と魂を引き替えにすることはやめなさい!!。
四十代に一番多いんです、この誘惑が。
季氏第十六 ← 陽貨第十七 → 微子第十八
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