述而第七 187

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原文                   作成日 2004年(平成16年)7月から11月
子温而氏B威而不猛。恭而安。
 
〔 読み下し 〕
()(おん)にして(はげ)し。()にして(たけ)からず。(きょう)にして(やす)し。
 
〔 通釈 〕
孔子は、温(おだ)やかな中にも激しい情熱があり、威厳があるが猛々しい所がなく、慎み深いがおどおどした所がなく、ゆったりとしておられた。
 
〔 解説 〕

これは前章よりも一段と厳しい。務めて温和であろうとすれば、一本芯の抜けたか弱き善人になりかねない。威厳を保とうとすれば、妙にいかつくなってしまう。慎み深くあろうとすれば、変にギスギスしてしまう。偏らず中庸を得るというのは、難しいものですね。
 

〔 子供論語  意訳 〕
孔子(こうし)(さま)人柄(ひとがら)は、(あたた)かくて(きび)しく堂々(どうどう)として(やさ)しく、()まじめでも()さくな方であった。
 
〔 親御さんへ 〕

普通は長所と短所を背中合せに持っているものです。喩えば、大らかな性格は、どこか締まりがなく状況に流されてしまう。生真面目な性格は、どこかゆとりがなく堅苦しくなってしまう。率直な性格は、どこか気配りに欠け人をやり込めてしまう。

これらは又逆(短所に伴う反面の長所)に云う事も可能です。締まりがないけれども、大らかである。堅苦しい所はあるが、生真面目である。気配りに欠ける所はあるが、率直である等々。

ですから、ものの一面だけを見て軽々しく人を決め付ける訳には行かんのですね。できれば、大らかであるが、流されずに締まりがある。生真面目であるが、堅苦しくならず気さくである。率直であるが、過酷にならずちゃんと気配りが効いている。と行きたいものですが、これが中々難しい。孔子は、長所に伴う短所を自ら克服して、あの偉大な人格を作り上げて行ったようです。

ところで、短所に伴う反面の長所が少しもなく、両面とも短所だけだったらどうなるのでしょうか?締まりがないくせに大らかな所がなく、他人のミスばかりつつく者。堅苦しいくせに
生真面目さがなく、気難しいだけの者。気配りがないくせに率直さに欠け、万事ご都合主義の者は?

泰伯第八で「狂(きょう・理想家)にして直(ちょく・正直・素直)ならず、侗(どう・無邪気)にして愿(げん・律儀・純心)ならず、悾悾(こうこう・馬鹿正直・愚直)にして信(しん・誠実)ならずんば、吾は之を知らず」と、孔子でさえ匙を投げている。さあ大変だ!どうしよう?続きは泰伯第八203章の解説をお楽しみに。
 

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