憲問第十四 376

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〔原文〕
微生畝謂孔子曰、丘何爲是栖栖者與。無乃爲佞乎。孔子對曰、非敢爲佞也。

疾固也

〔読み下し〕
微生(びせい)()孔子(こうし)()いて()わく、(きゅう)(なん)()れぞ(これ)栖栖(せいせい)たるものぞ。(すなわ)(ねい)()すこと()からんや。孔子対(こうしこた)えて(のたま)わく、(あえ)(ねい)()すに(あら)ざるなり。()(にく)めばなり。

〔通釈〕
孔子の先輩で隠者の微生畝が、「丘よ、お前はどうしてそんなにあくせくと動き廻っているのか?世間に媚び諂っているとしか思えんぞ!」と云った。孔子は、「私は別に世間に媚びている訳ではありません。我(が)に囚われて独り善がりになるのが嫌なだけです!」と答えた。

〔解説〕
微生畝 姓は微生(びせい)名は畝(ほ)。孔子の先輩で穏者であったとされる。この頃、穏者はどこにでもいたようで、微子第十八にも何人か登場して来ます。

「小聖は俗世を捨てて山に棲み、大聖は俗世とともに街に棲む」と云いますが、仏教でいう「小乗」と「大乗」の違いと考えて良いでしょうか?小乗とは、衆生の救済を忘れて自分独りだけの悟り・「自利」を専らとするのに対し、大乗とは衆生救済を中心に捉えた奉仕・「利他」を専らとする立場を云いますからね。

小乗を声聞(しょうもん)・縁覚(えんがく)の境地、大乗を菩薩・如来の境地に喩えることもありますが、キネシオロジーテストで云うログ350499が小乗の意識レベル、ログ5001000が大乗の意識レベルと云って良いでしょう。

小乗から大乗への最後の決め手は、やはり自我の殻に閉じ篭って「思考我」こそ我れと思い込むか?自我の殻を叩き壊して真我の光を輝かせるか?にあるようですね。思考我(擬我)を中々剥ぎ取れない理由の一つに、それを無くしたらアイデンティティー(自己の存在証明)を失ってしまうのではないか?という恐れがあるのではないかと思います。

はっきり申し上げて、それは錯覚です。思考我から来るアイデンティティーはガラクタみたいなものです。ガラクタは早く捨て去った方がいい。思考我を剥ぎ取った時に、神の子としてのあなたの本当の光り輝くアイデンティティーが出て来るんです!すべての人間は、潜在的にログ1000(神の種)を宿した存在なんですから。

〔子供論語 意訳〕

孔子
(こうし)
(さま)先輩(せんぱい)(やま)(かく)れて自給(じきゅう)自足(じそく)一人(ひとり)()らしをしている微生(びせい)()いう(ひと)が、「(きゅう)よ(孔子(こうし)())、お(まえ)はどうしてそんなにあくせくと(はたら)かねばならんのか?世間(せけん)()()にせず(おれ)一緒(いっしょ)気楽(きらく)(くら)さないか!?」といった。これに(たい)して孔子(こうし)(さま)は、「(わたし)(べつ)世間受(せけんうけ)けを(ねら)ってあくせくしている(わけ)ではありません。自分(じぶん)さえ()ければと(から)()じこもって(ひと)()がりになっているのがいやなんです。近所(きんじょ)(こま)っている(ひと)がいたら、(たす)けてあげるのが()たり(まえ)じゃないですか!?」とおっしゃった。


〔親御さんへ〕
最後のワンフレーズは付け足しになりましたが、この方が子供達には分り易いでしょう。人はすべからく血縁・地縁・人縁・時縁の中で生かされているのであって、ポツンと分離孤立して生きている人間など一人もおりません。

「イ〜ヤ、俺は天涯孤独だ!」などと息巻いてみた所で、「じゃあ君を産んでくれたのは誰なんだ?」と問われれば、「親だ!」と答える他はない。「しかし、赤ん坊の時に捨てられた!」と反論してみても、「じゃあ誰が育ててくれたんだ?誰が言葉を教えてくれたんだ?誰が文字を教えてくれたんだ?誰が仕事を教えてくれたんだ?」となると、もう返す言葉がありません。

今こうやって人間として生きていられるってことは、人に育てられたから人間でいられるのであって、猿に育てられれば猿でいる他はないし、狼に育てられれば狼でいる他はないんですね、インドの狼少女アマラとカマラのように。

人は自分一人で生きている存在ではないんです、様々な縁によりて生かされている存在なんです。ここが分かれば、血縁・地縁・人縁・時縁どれ一つとして粗末にできないものばかりです。だから口を酸っぱくして云うんです、「縁を大切にする者は縁によりて活かされ、縁を粗末にする者は縁に見捨てられる!」と。私ごときが生意気にも、「孔子教学は別名『活縁の学』である!」という理由もここにあるんですね。

近頃どうも商売がうまく行かない!?人間関係がうまく行かない!?という方は、ここをよく反省してみたら良い、「縁を粗末にして来なかったか?」を。縁を大切にしても商売がうまく行くとは限らないのに、縁を粗末にしたら、繁盛する筈がないでしょう?虫が良過ぎるってもんですよ、それは!

店主がお客様の顔と名前を千人くらい覚えられなくてどうします!?立地がどうの?競合店がどうの?景気がどうの?と云う前に、まず商売のいろはを実践してみなさい!縁を活かす「活縁する」ということを。商売は「する」ものじゃない、「させてもらう」ものだ。何故か?それは、お客様との縁があって初めて成り立つものだから。
 

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