郷黨第十 248

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原文                   作成日 2005年(平成17年)7月から9月
席不正、不坐。
 
〔 読み下し 〕
(せき)(ただ)しからざれば、()せず。
 
〔 通釈 〕
座席の敷物が曲がっていた時は、正してからでなければ坐らなかった。
 
〔 解説 〕

公式の場では、身分によって坐布団の枚数が決まっていたようで、士は一枚、大夫は二枚、諸侯は三枚、天子は五枚重ねて坐ったとあります。又、現在でも賓客や目上の人に席に着いてもらう際、床の間や雛壇のない部屋の場合に、どっちが上座でどっちが下座か判断に迷う事がありますが、「礼記」の曲礼(きょくらい)を見ると、席の向きが南又は北向きの場合は西が上座で東が下座、東又は西向きの場合は南が上座で北が下座、とするとあります。図に書くと

        
     
        

上座下座が決まれば、次は席次となりますが、これが又難しいですな。気にする人がいますからね 。
 

〔 子供論語  意訳 〕
食事(しょくじ)(とき)は、家族(かぞく)(すわ)(せき)がちゃんと()まっていて、どこに(すわ)っても()いということはなかった。
 
〔 親御さんへ 〕

我が家では昔も今も、食事の前に必ず合掌して「いただきます!」と云ってから食べ、食べ終わったら「ごちそうさまでした!」と云って又手を合わせる。子供達も皆そうするし、孫達も皆そうする。一人で食べる時も自然にそうします。これは親から受け継いだ習慣ですから改めて自分で意識することはありません。

手を合わせるという仕種は、宗教的作法でも何でもない、感謝の一つの表現形式だと思うのですが、神奈川県内の某小学校の3年生のあるクラスでは、担任の女性教師が、給食の時間に子供達に合掌することを禁止し、「いただきます!」とだけ云わせることにしたそうです。
 
ところが、小さい時から食事の前に手を合わせる習慣を持つ家庭で育った子供達は、給食の時間にどうしてもその仕種が出てしまう。すると担任の教師に叱られる、「手を合わせるな!」と。何も知らない子供達は、手を合わせることは悪いことなんだ?と勘違いして、家でも食事の前に合掌しなくなる。

すると今度は、「何で手を合わせないんだ!」と親に叱られる。訳を知った親は、クラスの連絡網を使って同級生の親達と連絡を取り合い、猛然と教師に抗議した。教師曰く、「合掌は神社でするものだから禁止した」と答えたそうな。これを聞いた親達は吃驚仰天、「神社は二礼二拍手一礼でしょう!」と云ったら、教師は「ああそうですか?ならば合掌を
許します!」と云ったものですから親達は忍袋の緒が切れた。

「合掌の仕種を禁止したり許したりする権利があなたにあるのか!?」となって、たった一クラスの問題が全校の問題に発展し、とうとう校長が全校生徒及び父兄に謝罪する羽目になったという。これは数年前本当にあったウソのような話しですが、新聞で報じられましたから、覚えている方もおられるかも知れません。
 

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