為政第二 026

上へ


原文                   作成日 2003年(平成15年)5月から7月
子曰、視其所以、其所由、察其所安、人焉哉。人焉廋哉。
 
〔 読み下し 〕
()(のたま)わく、()()(ところ)()()()(ところ)()()(やす)んずる(ところ)()れば、(ひと)(いずく)んぞ(かく)さんや。(ひと)(いずく)んぞ(かく)さんや。
 
〔 通釈 〕
孔子云う、「一にその人の行為をよく注意して視(み)る。二にその行為の拠って来たる原因・動機を観(み)る。三にその人がどんな所に安らぎを求めているかを察(み)る。この様にすれば、その人の正体はすっかり分かってしまうものだ。どうして隠せようか」と。
 
〔 解説 〕

これが孔子流「人物鑑識法」ですが、この視る−観ずる−察するという方法は、孔子以来、人物を見抜く際の鉄則となったようでありまして、史記(司馬遷(しばせん)による中国古代の歴史書)の魏(ぎ)世家(せいか)に、魏の文侯(ぶんこう)(戦国時代)に仕えた李克(りこく)という政治顧問が述べた「五観法」と云う有名な人物鑑識法があります。人物を見抜く上で現代でも立派に通用すると思われますので、以下に紹介してみましょう。

  一、「居ればその親しむ所を視る」
        *不遇の時にどんな人と親しくしていたかを見る。
           (付き合っている人達の人品骨柄を見れば察しがつく)

  二、「富めばその與(くみ)する所を視る」 
        *裕福になった時にどんな人やどんな物に金や時間を 割いたかを見る。
         (安んずる所・どこに安逸を求めているかが分かる)

  三、「達すればその挙(あ)ぐる所を視る」  
        *出世した時にどんな人物を推挙したか、どんな人を登用したかを
     見る。(本人の眼力が分かる)

  四、「窮(きゅう)すればその為さざる所を視る」 
      *窮地に陥った時に苦しまぎ0れに不正を働かなかったか、悪あがきを
              しなかったかどうか
を見る。 (為す所・節操の有る無しが分かる)

  五、「貧しければその取らざる所を視る」 
      *貧乏した時に邪(よこしま)な稼業に手を染めなかったか、餓鬼に
     ならなかったかどうか
を見る。 (拠る所・志が分かる)
 

〔 一言メッセージ 〕
『人を見抜くには、行為・動機・安逸の三つを見よ!』
 
〔 子供論語  意訳 〕
孔子(こうし)(さま)がおっしゃった、「その(ひと)人柄(ひとがら)をつかむには、まず普段(ふだん)どんな(おこ)ないをしているかを()なさい。(つぎ)にどうしてそういう(おこ)ないをするのか? その理由(わけ)(かん)えてみなさい。最後(さいご)にその(ひと)一番(いちばん)()きなことは(なに)か?を調(しら)べてみなさい。この(みっ)つの方法(ほうほう)観察(かんさつ)すれば、ごまかそうったってそうは()かないんだね」と。
 
〔 親御さんへ 〕

人と接していて、この人の意図はどこにあるのだろうか?どんな思惑があるのだろうか?と考えさせられたことはありませんか?私達は人を判断する際に、どうしても容姿や言語つまり、視覚や聴覚だけに頼って判断しようとしますが、どうもこれが間違いの元のようですね。

実は孔子もこれで失敗しているんです。容姿の方では、澹台(たんだい)滅明(めつめい)という人物が入門して来た時、余りにも容貌が醜かった為に「大したことはなかろう!?」と高を括っていたら、実は正道を貫く大人物であった。

言語の方では、宰我(さいが)の弁舌を信じて立派な人物であろうと思っておったら、行ないがデタラメで手が付けられなかった。澹台滅明も宰我も、これから論語に登場して来ますから、お楽しみに。殊に、宰我などは孔子にこっぴどく叱られています。

人を見抜くには、容貌や言語に惑わされず、
  一、日頃の行ないを注視する。
  二、その行為の拠って来たる動機を観取する。
  三、どんな物や事に安逸を求めているか(安らぎ楽しんでいるか)を
    観察する。

という三つの方法が有効なようです。
 

為政第二 025 為政第二 026 為政第二 027
新論語トップへ